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マレーシアのマハティール首相。

本当に立ち姿、歩き方が美しい。

欧米人以外で、こんなに美しい歩き方をする人は見たことない。

彼が幼少の頃、マレーシアがイギリスの統治下であった事も影響しているのだろうか。

もう90歳を超えて、国のリーダーとして再登場。

彼の物腰、立ち方、そして歩き方を見ていると、
マレーシアには素晴らしい指導者がいるんだと思えてくる。

ニュースで彼が出てきたら、その立ち姿にも注目です!

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2018.10.05 Fri l つれづれ l コメント (0) l top
社交ダンスの醍醐味は、「寄り添う」事ではないか。

寄り添い方は違えど、アルゼンチンタンゴにも同じ事が言える。

どの様にして寄り添うか。
お互いに自分の体重という負担をかけ合うのだ。

負担のかけ過ぎは良くないが、負担の無いのもまた良くない。

シャドーが楽だと言うけれど、本当にそうか、
もし本当なら人はなんで組んで踊りたがる?

好んでかけた体重、かけられる体重に、
やれ重いだの軽いだの言い合うのがダンサーの宿命か?

負担とは、負けを担うと書く。
相手に勝とうとする所からは、存在し得ない世界が「負担」の世界だ。

負けを担って、お互いを生かす。

そんな境地になりたいものだ。
2018.09.29 Sat l つれづれ l コメント (0) l top
中華料理を食べに行っていつも疑問に思う事。

どうして日本で食べる中華の北京ダックは皮だけなのか?

ロンドンでよく食してたのは、身もサクサクほぐして一緒に食べるもので、
美味しかったなあ〜
(本場の北京料理も同じと聞く。)

高級ぽく装って、ダックの皮だけ薄い餅に包んで食べたって
つける味噌と餅皮の味しかしない。

変なの。

食という異文化の取り込み方が、国によって違っていて、
それがそのまま継続するのが不思議。

異文化を取り込むことにかけては、さすが大英帝国、
歴史的キャリアが違う。
日本より一枚も二枚も上手という事かな (^_^*)

社交ダンスも、英国が世界中のダンスをまとめて作り上げた、
大英ダンス博物館みたいなものだもんね。


2018.09.26 Wed l つれづれ l コメント (0) l top
東北三大祭りの一つに
「秋田竿燈まつり」があります。

竿燈(かんとう)という提灯を沢山ぶら下げた長い木の棒を、
手のひらや、額、肩、腰に乗せてバランスを取ります。

(母の田舎が秋田県で、自分が子供の頃、家には小さな竿燈のお土産が飾られてたな〜)

本番は夜のお祭りで、あかりの灯った大勢の竿燈が道を練り歩きます。

その本番前、昼間にその技を競う大会が「妙技会」
今日テレビの旅番組でやってました。

まさに、バランスとはこういうものかと、見てるだけで感じます。

またそれを競う大会が、競技会ではなく妙技会と名するところがイイ (^。^)

「妙」とは、巧みで、極めて美しく、不思議なほどすぐれている。…という意味のようです。

バランスを競うとは、その妙なる不思議な美しさを感じさせてくれる事。
ダンスの競技会も、妙技を競う場でありたいですね。




2018.09.22 Sat l つれづれ l コメント (0) l top
知り合いの人にダンスを勧めたりすると、
返ってくる返事に、

「いや〜、私は身体が硬いから、ダンスなんて無理ですよ!」
ていうのがある。

実際には、日常の「歩くという動作」が組み合わさって出来てるので、
社交ダンスは、バレエやジャズダンスほど「身体の柔軟性」は必要でない。


身体の柔軟性とは「身体の可動域」という事でもあるが、
最近目にした面白い言葉に「思考の可動域」というのがある。

…私事ですが、最近カチンとくることがあった ( ̄▽ ̄)
何故カチンと来たか、暫くしてから考えた。

すると、

自分にとって自信のある事、
特に、今迄一生懸命にやって来たと自負のある事などにケチをつけられたので
カチンと来た様だ。

なるほど、自信や自負は結構知らぬ間に自分の頭と心を固くする。
頭の柔軟性、つまり「思考の可動域」が低下する 〜🙄

社交ダンスを学ぶ上で、身体の可動域より思考の可動域が重要だ。

2018.09.20 Thu l つれづれ l コメント (0) l top