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長年、自分が生徒として数多くのレッスンを受けて来た。
またプロに成ってからはレッスンをする側にもなった。

教える側、教わる側、両者は共通の認識を得られるという前提で言葉を使う。

これが曲者である。

ダンスほど、言葉の無力を痛感するものは無い…

英国に留学しはじめた頃、来る日も来る日も
言われる事は同じだった。

"Tension Kills Performance!"
"Feel your Body Weight"

入れてるつもりのないテンション。
…入れてないものをどう抜いたらいいのか?

自分では感じてるつもりの体重。
…感じろ!と言われても。

つまり、言葉が自分の頭の中には存在するが、
身体の中には存在しなかった。

存在していないものを、抜いたり、感じたり出来ないのは当たり前だ。
存在していても、感じる事が出来なければ、存在していないという事なのだ。

なかにはラッキーな人もいる。必要とされる意識を既に身体に持っている。
というより、生まれながらにして有るそれ等を、運よく失わなかったのかも知れない。

残念ながら自分の場合、先生の言う事は身体としてチンプンカンプンだった。
でも、「な、何かが違う。」とは感じていた。

習慣というものを変えられるのか?

これは、教わる側、教える側の双方にとって大きなチャレンジだ。

…でも必ず出来る。

そこには、開いた気持ちと、大きな忍耐が必要だ。
でもそれを乗り越えた時、感じる世界の素晴らしさは格別に違いない。

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2011.08.31 Wed l つれづれ l コメント (0) トラックバック (0) l top

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