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昔から、ノートを取る事は嫌いじゃない。
親も先生もそれを勧めた。
…でも、それに疑問を持つ事もある。

「経験や感情によって、人は直感的に知る。
一方、言葉は知っている事を、シンボル化しようとする試みに過ぎず、
混乱の原因になる事も多い。」これは、何かの本に書いてあった文章だ。

以前ブログで書いたが…
高校時代、学校で一番になったヤツは、あまりノートを取らないヤツだった。

「何で、それでエーネン!」
涼しげな彼に比べ必死でノートを取る俺は、
一粒の米もこぼすまいとする、哀れな乞食の様にも思えた。
悔しいが、でもノートを走るその手を止める事は出来なかった。

…月日が過ぎ、ダンスのレッスンに明け暮れた選手時代。
やはりノートには先生の言葉を並べた。

しかし、レッスンで得たその感覚は、記すという作業によって
何処か別の場所に行ってしまう様にも感じた。
元の感覚と言葉の間に、何かしら違和感を覚えるのだ。

いったいこれは何なのだろう?

言葉によって定義しておきたい人間。
でもあえて、明らかにせず、くすぶらせておく事で、
何かを失わないでいるって事もある。

う~ん、

どうやら言葉は、万能の道具ではなさそうだ。
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2011.09.10 Sat l つれづれ l コメント (0) トラックバック (0) l top

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